デジタルと現実が融合する、落合陽一の世界 (編集長インタビュー)

自分のデジタル「分身」が存在すると、未来はどう変わるのか?

5月 23, 2025
by Toshi Maeda
この記事をシェアする
JStories ー 2025年日本国際博覧会(以下、「大阪・関西万博」)が4月から開幕した。「いのち輝く未来社会のデザイン」という万博のテーマを、空間として体現する8つの「シグネチャーパビリオン」は見どころの一つだが、中でもユニークな外観で異彩を放つパビリオン「null²(ヌルヌル)」(テーマ:いのちを磨く)は、自分の分身とインタラクティブな交流が可能というユニークな展示で国内外の来場者から人気を集めている。
パビリオンでしか体験できないインタラクティブな経験とは?未来の自分に出会う経験とは?そしてその未来とはどのような姿なのか、パビリオンのプロデューサーを務めるメディアアーティストの落合陽一氏に話を聞いた。
(インタビュアー:JStories 編集長 前田利継)
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.

落合陽一氏 プロデューサー・ メディアアーティスト

1987年生まれ、2010年ごろより作家活動を始める。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに作品を展開。筑波大学准教授、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサー。近年の展示として「おさなごころを、きみに」(東京都現代美術館, 2020)、「Ars Electronica」(オーストリア, 2021)、「晴れときどきライカ」(ライカギャラリー東京・京都, 2023)、「ヌルの共鳴:計算機自然における空性の相互接続」(山梨・光の美術館, 2023)など多数。
JStoriesのインタビューに答える落合陽一氏     写真撮影:高畑依実 | JStories
JStoriesのインタビューに答える落合陽一氏     写真撮影:高畑依実 | JStories

パビリオン「null²」の特徴とは?2つの鏡で作られた新しい体験

JStories編集長 前田利継(以下JStories):落合さんは4月から開催した大阪・関西万博のシグナチャーパビリオン「null² (ヌルヌル)」をプロデュースされていらっしゃいます。まずは、このパビリオンに行ってみたいという方に向けて、このパビリオンの一番の特徴について教えてください。
落合陽一氏(以下落合):特徴は鏡のパビリオンを作るといって作り始めたものなので、鏡でできた外装です。しかもその鏡は見たことがないような、変形するような鏡でできていて、中はミラールームであり、デジタルな人間、身体と対話するようなパビリオンになっています。
JStories:コンセプトはなんでしょうか?
落合:コンセプトは2つの鏡です。外側は変形する大きな鏡、内側は無限に反射するデジタルの鏡になっているのが特徴です。極めて万博的な建物だと思います。つまり、万博というのは、仮設でできるものを作るというのが一個面白いところであり、美術館のような施設を建てて、そこで展示することによってしか表現できないものを作るというのがポイントとなります。その点で言うと他の場所では建物として使用できない素材を使っていますし、ここでしか見られないような映像やデジタルの演出がしっかり組み込まれた建物になっています。見応えあると思います。

デジタルヒューマン「Mirrored Body」、人類の課題を問い直す展示

JStories:パビリオンは、鏡写しとなる自分の分身としてのデジタルヒューマン「Mirrored Body」が登場しますね。海外との違いがあるのか、あるいは海外にそういうものがあるのかどうか?、というものを含めて教えていただけますでしょうか?
落合:万博博覧会のプロデューサーに就任し、企画をまとめ始めた2021年からずっと我々はデジタルヒューマン「Mirrored Body」を準備してきました。当時から、おそらく4年後の25年には、LLM(ランゲージモデル)も発達し、生成AIも発達し、外見もスキャンできるようになると予想していました。そうすると個人個人が自分のデータを持って、AIを持ってそれを用いて自分の写し鏡と話したり、自分のデータを持った第二の自分を持てるようになるだろうというのが僕らの持っていたビジョンで、予想通り技術は進展してきて、2025年の今、それができるようになってきています。
JStories:なるほど。約5年前から今の姿を予想していたんですね!
落合:それを国内外からたくさん人が集まる万国博覧会という大きな舞台で披露するだけではなく、今の人類が抱える重要な問題について批評的になるような展示にしよう、ということがコンセプトとしてありました。

スマホで動くデジタルヒューマン

JStories:AIの発達とともに、デジタル上の自分の分身が現実味を帯びてきているように感じます。
落合:デジタルヒューマンそれ自体は古くから勉強されている分野で、約20年前に開催された愛・地球博でも、人間の顔をスキャンして3Dにするみたいな展示がありましたし、人の外見を模した「デジタルヒューマン」を作るという意味では、NVIDIAだったりFacebookだったり、いろんな企業が試みています。我々のデジタルヒューマンである「Mirrored Body」の特徴的なところは、世の中でLLMがこんなに発達する以前からLLMや、3Dアースといった技術を要素技術として洗い出してうまくつなぎ込んで作っているというところがまず挙げられます。それに加えて、それを個人のスマートフォンで動くようにしたことですね。特別なハードウェアなしで、スキャンするところから動かすところまでスマホで完結できるところが発想として面白い、と思っています。

「Mirrored Body」で体験する未来、自分のデジタル分身と対話

JStories:万博に実際に行かれる人は、自分の「Mirrored Body」を落合さんのパビリオンで体験する為にはどういう手順を踏んだらいいのでしょうか?
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
落合:パビリオンの予約をするとメールが届くのですが、そこに「Mirrored Body」を作る為に、外見をスキャンするアプリと、対話するためのアプリが2つ送られてきます。そのアプリをダウンロードすると、自分の外見をスキャンしたデータを登録できて、喋ったり自分の声を登録すると、自分の声で喋るデジタルヒューマン「Mirrored Body」が出来上がります。
それにいろんな知識を登録することで、自分と「Mirrored Body」が対話することもできるし、他の人が作った「Mirrored Body」と対話することもできます。
JStories:なるほど。会場に来る前に事前に作ることができるんですね。
落合:登録を済ましてから会場に来ていただけると、会場のシアターの中に自分が出てきて喋ったりとか、あとは会場演出の中で使われたり、ということがあると思います。万博の中での体験もそうですが、そういったものによって自分が死んだ後も、「Mirrored Body」が、自分のデータをAIが取り込んで、自分のように喋り出すと、「こんな風になるのか!」っていう未来像を感じていただければな、と思います。
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.

「Mirrored Body」の体験が「自分とは何か?」を考えるきっかけに

JStories:落合さんのパビリオン、整理券が、ものすごい高倍率だと話題になっていましたが、かなり人気のようですね。
落合:お陰様で人気のようで、予約が取れないと言われています。
JStories:デジタルヒューマン「Mirrored Body」を実際に体験したお客様の反響はいかがですか?
落合:ありがたいことに高い評価をいただいています。シアターにデジタルスキャンした自分が出てきて、実際に対話していただくわけですが、そうなると、みなさん「自分って何なんだろう?」とよく考えるようですね。パビリオンは演出として、「記号や言葉を手放す」ようになっているのですが、喋ったり、動いたりする「自分」がAIになってデジタルの向こうにいる時に、じゃあ「自分」って何だろう、と思うんですね。「実は結構脆弱な記号の集まりだったのでは?」とか、「自分はオリジナルで頭を使っているように見えても、AIが取って代わることができるのでは?」とか、そういったことを皆さん、考えていただくようです。
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
JStories:落合さんは、ご自身の「Mirrored Body」とどのようなインタラクションをされているんですか?
落合:自分で会話したり、友達と「Mirrored Body」が会話するのをみたりしていますが、面白いのは、「Mirrored Body」が自分が過去に言ったことをそれっぽく言っている時もあれば、自分が全く言っていないことをそれっぽく言っている時もあるということです。ただ、対話している人にとってはその区別が多分つかないわけです。だからみんなが「Mirrored Body」を持つ時代になると、この発言は、本人が実際に言っているかどうかは、わからないけど、これでいいんじゃないかという感じになると思います。
JStories:デジタルヒューマンを持つ時代は、近づいている?
落合:技術的には今できますね。
JStories:パビリオンを見ていると頷けます(笑)。人間とデジタル分身との違いが薄れていくような時代の中で、落合さんは、様々な問題提起もされていますね。例えば、このパビリオンの名前はゼロ、何もないという意味の「null²(ヌルヌル)」ですが、AIが全部やってくれるような社会で、「人間は何もしなくても生きていけるんじゃないか」というような問題提起にもなっていると思います。この「無」というものに関する人間の将来像、その中で人間に一体何が残っているのか、あるいは何が人間のフォーカスできる分野になるのかについて、お考えを聞かせてください。
落合:例えば「モラベックのパラドックス」という言葉がありますが、人間にとって簡単な問題は機械にとって難しく、機械にとって簡単な問題は人間にとって難しいという意味です。例えば推論する、頭を使って何かを覚える、それを計算して何か言語を使うといったことは人間にとっては難しい問題ですけれど、コンピューターにとっては容易くできるようになってきていますよね。逆に言えば、ご飯を食べたり、運動をしたり、汗をかくのは、人間にとって日常的なことですが、AIにとっては難しい。汗をかけるAIを見たことがないし、ご飯を食べられるコンピューターも見たことがないです。
JStories:確かにそうですね。AIにとってはそういうことが逆に難しいんですね。
落合:今は難しくてもそのうちできるようになるとは思いますが、多分難しいです。みんな当たり前にできると思っているようなことがAIにとって実は難しい。そうなると、人間像としてはAIができないことをするのが、人間になっていくと思っていて、「賢さは人間のちょっとしたおまけです」というのが、パビリオンのメッセージの一つです。

「自分」とは何か? 近代的人間像の次に来るもの

JStories:確かにそう考えると人間らしさは賢さでは表現しきれないですね。
落合:人間が頭を使って何かを考え始めたのはここ2、3万年くらいの話で、頭を使ってものを作るとか、推論したり、数学・物理をしたり、みたいなことは人間の歴史の中で比較的新しい分野ですよね。人間が言葉で書く歴史を持ち始めたのは、たかだか1万年少し前のことです。そうしたことは、250万年前に森から出た人類の歴史の中では、すごいちっぽけな時間の話で、そこに至る生命の歴史の方がはるかに長い。
それを考えると、AIが得意な推論や、計算は、そんなに人間にとっては重要ではなかったのではないか、というのが問題提起としてはありますね。
JStories:AIの得意分野が人間にとって重要ではないという指摘は面白いですね。
落合:例えばファイナンシャルプランニングなら、自分のデータが登録されていれば、AIが勝手にやってくれるんじゃないか、とか。じゃあ、今夜のレストランの予約も、免許の更新だってAIが勝手にやってくれる。遺伝的になりやすい傾向がわかっていれば、予防もAIに任せる、といった感じで、そうなると、「自分」はどうなるのかといえば、西洋近代科学的には「無」です。おそらく自分だけでやることはほぼありません。でも実際のところ、人生は続きます。ご飯を食べたり、友達とおしゃべりを楽しんだり。そこから何か生まれるかというと、生まれることもあれば、生まれないこともあるでしょう。何かが生まれるか、生まれないかで考えないようになる。近代的人間像の次の過程で、今まさしくそのようになっているんだなということをパビリオンを通じて体験してほしいと思います。
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.

AIが科学技術を担う未来、日本が競争力を保つには

JStories:確かに何が生まれてくるか、分かりませんが、こうしたデジタルヒューマンが日本のデジタル化の推進、,あるいは日本の復興、これからの経済成長の一つの起爆剤になるのではないか、という考えもあると思います。こうした考えについてはいかがでしょうか?
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
落合:僕の中では今までの産業形式とは、全く違う未来のイメージがついています。どういう意味かと言えば、例えば科学技術の発展を人間ではなく、AIがやるようになる、といった未来予測です。実験したり、論文書いたり、プログラムを書いたり、頭を使って推論するのは人間じゃなくて、AIがやるようになると思います。その後に、国際競争力があるようなAIのモデルは誰が作るようになるかと言えば、AIが作るようになるでしょう。AIはどこの国もきっとやるので、その中で、日本は日本らしいもの、自動車とか、半導体製造の機械だとか、受動部品だとか、カルチャーだったりとかそういったものを輸出した方がよいわけですから。もっと資本を投下して資本が返ってくるようなゲームをやるのは我々の国より向いている場所がいっぱいあると思うので、そうしたことは、そうした国がやってくれればいいのかなと思っています。
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.
写真提供:Sustainable Pavilion 2025 Inc.

最後に、万博に興味をお持ちの皆さんへ

JStories:ありがとうございます。最後に万博に興味を持っている海外の読者にメッセージを一言いただきましょうか。
JStoriesの海外の読者にも、英語で特別メッセージを送る落合氏     写真撮影:高畑依実 | JStories
JStoriesの海外の読者にも、英語で特別メッセージを送る落合氏     写真撮影:高畑依実 | JStories
 落合: 大阪・関西万博の「シグネチャーパビリオン」のプロデューサーを務めている落合陽一です。私たちは「鏡の二面性」をコンセプトにしたパビリオンを作っています。ひとつは、風景を変える物理的な鏡、または巨大な変形可能な彫刻です。これはロボティクスや新素材を使って空や風景を変形させる変形可能な景観を作ることができます。パビリオン内には鏡の部屋があり、デジタルな存在感が物理的な領域へとシームレスに接続されています。これは、非常に高いコントラストと精密な鏡の技術を体験できる、まさに現地で初めて体験するものだと思います。また、彫刻自体は非常に変形可能で、理想的に素晴らしい彫刻です。ぜひ、私たちのパビリオンに来て、触れて、体験してください。
東京都内でJStoriesのインタビューに答える落合陽一氏 と編集長の前田利継(右)
東京都内でJStoriesのインタビューに答える落合陽一氏 と編集長の前田利継(右)
記事:前田利継
編集:一色崇典
トップ写真:Sustainable Pavilion 2025 Inc. 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

***

本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。
コメント
この記事にコメントはありません。
投稿する

この記事をシェアする
人気記事