スマホサイズのAEDで素早く蘇生、より多くの命を救う

心停止時の対応をスピードアップ、日本人医師の志を革新技術で実現

9月 25, 2025
by Suvendrini Kakuchi
スマホサイズのAEDで素早く蘇生、より多くの命を救う
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JStories ー日本のスタートアップが、スマートフォンとほぼ同じ大きさ・重さのポケットサイズ自動体外式除細動器(AED、Automated External Defibrillator)を開発した。これまでの普及型よりはるかに軽く小さい携帯型AEDにより、一刻を争う救命措置がより迅速に行われ、さらに多くの人命を救える可能性がある。
「Poket AED」を開発したオンラインマスター(東京都港区)の代表取締役社長で、元胎児外科医の千葉敏雄さんは、このAEDをコンパクトで信頼性が高く、誰にでも使いやすいものに仕上げるため、3年以上にわたり改良を重ねてきた。
オンラインマスターの代表取締役社長、千葉敏雄さん     写真撮影: Suvendrini Kakuchi | JStories
オンラインマスターの代表取締役社長、千葉敏雄さん     写真撮影: Suvendrini Kakuchi | JStories
千葉さんが開発した試作機の大きな特徴は、従来の一般的なAEDにある、コンデンサ(電気を蓄え、瞬間的に放出できる電子部品)を取り除いて大幅に軽量化したことだ。コンデンサの代わりに、電気ショックの波形を自在にコントロールできる独自の回路システムを採用し、患者の体への負担を軽減していると千葉さんは説明する。
また、これまでのAEDにはなかった「DSED(Double Sequential External Defibrillation、二重連続体外式除細動)」という新しい機能も世界で初めて搭載した。従来は患者に対し2台のAEDを用いて同時または直ちに連続して電気ショックを与える方法がとられてきたが、DSED機能がある千葉さんのAEDはボタンを押すだけで自動的に2回連続のショックを与えることができる。
スマートフォンと並べられた、ポケットサイズのAED(右)。この小型AEDは、ハンドバッグやシャツのポケットにも簡単に収まる   写真提供:オンラインマスター(以下同様)
スマートフォンと並べられた、ポケットサイズのAED(右)。この小型AEDは、ハンドバッグやシャツのポケットにも簡単に収まる   写真提供:オンラインマスター(以下同様)
試作機を作る過程は簡単な道のりではなかった。千葉さんは、既存の装置を分解し、その課題を徹底的に検証したうえで、より小型で効率的な形に再構築する作業を重ねた。
この発明を支えているのは、千葉さんと、多彩な人材が集まるオンラインマスターのチームだ。2021年に設立された同社は、科学者や技術者、企業が協力し合うビジネスモデルを採用し、日本発の新しい医療機器を開発して、輸入への依存を減らすことを目指している。
ポケットサイズのAEDは、既存の装置を分解してその課題を調査し、より小型で効率的な形に再構築することで開発された
ポケットサイズのAEDは、既存の装置を分解してその課題を調査し、より小型で効率的な形に再構築することで開発された
千葉さんが特許を取得したAEDの革新技術は、2023年に東邦大学医学部での動物実験を終え、実用化に向けて動き出そうとしている。試作機は、日本で現在普及している大型でオレンジ色のAEDとはまったく異なる。重さはわずか200~300グラムで、ハンドバッグやシャツのポケットにも収まり、女性や子どもでも持ち運びやすいように設計されている。
心肺蘇生中に使用される標準的な自動体外式除細動器(AED) 写真提供:Envato
心肺蘇生中に使用される標準的な自動体外式除細動器(AED) 写真提供:Envato
日本でのAED使用状況のデータを見ると、この技術の重要性が改めて理解できると千葉さんは指摘する。日本AED財団によれば、国内に設置されたAEDのうち、実際に現場で使用されるのはわずか4.96%にすぎない。一方で、救命措置の開始が遅れると、心停止から助かる人の割合はおよそ3%にまで下がってしまう。さらに、総務省消防庁によると、救急車が現場に到着するまでには平均で10分かかる。
日本心臓財団によれば、2023年時点で日本国内で販売されたAEDは累計約160万台であり、日本はAED保有数が世界でも最も多い国のひとつだ。にもかかわらず、現場での利用率が低いといという状況は憂慮すべきだ、と千葉さんは懸念する。
千葉さんのPoket AEDは、6月に大阪・関西万博の「健康とウェルビーイングウィーク」の一環として開催された「Japan Health」国際見本市の日本貿易振興機構(ジェトロ)パビリオンで展示された。製品は縦長の薄型ボックスの形状で、ふたを開けると胸部に装着する2枚の電極パッドが現れる仕組みになっている。千葉さんは、医療の専門知識がない人でもすぐに操作できるように設計したと説明する。
Poket AED®の外観(左)と内側(右)。ふたを開けると、心停止時、胸部に迅速に装着できる2枚の電極パッドが現れる   写真提供:オンラインマスター
Poket AED®の外観(左)と内側(右)。ふたを開けると、心停止時、胸部に迅速に装着できる2枚の電極パッドが現れる   写真提供:オンラインマスター
千葉さんが携帯型AEDのアイデアを思い付いたのは、ある晩、帰宅途中に駅で胸を押さえて倒れている男性を見かけたことがきっかけだった。千葉さんは急いで駆け寄り、駅員がAEDを持ってくるのを待ちながら心肺蘇生を行った。その男性は一命を取り留めたが、AEDの到着までに時間がかかったことで、日本で繰り返されてきた医療緊急時のリスクを改めて実感することになったという。
AEDの変革が切実に必要だと感じた千葉さんは、その志を実現すべく、2012年に「メディカル・イノベーション・コンソーシアム」を設立した。この団体は、医師、研究者、技術者を集め、新しい技術を医療に応用することを目的としており、医療機器の開発にとどまらず、一般の人々に向けたトレーニング活動も積極的に推進している。
翻訳:藤川華子
編集:北松克朗
トップ写真:Envato 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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