JSTORIESでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを海外に紹介している人気ポッドキャスト番組 [Disrupting JAPAN]とコンテンツ提携を開始し、最新のエピソードや過去の優れたエピソードの翻訳版を4回に分けて紹介していきます。本編(英語版ポッドキャスト)は、こちらで聴取可能です。
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日本には、予想されているほど、またはベンチャーキャピタリストが望むほどのユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の非公開企業)は存在していません※。
しかし、その事実の裏には非常に興味深いストーリーが隠れています。
今回は、Coral Capital の創業パートナーCEOであるジェームズ・ライニーさんをお迎えし、日本でユニコーン企業を数える時の危険性について解説していただきます。
さらに、日本が今後10年間で世界をリードする可能性のあるスタートアップ分野や、日本のスタートアップにおける独自の価値を見極める方法についても詳しく掘り下げてお話しします。
また、この10年間で日本がいかにシリコンバレーに近づいたか、そしてこれからどのように大きく異なる道を歩もうとしているのかについても議論します。
とても興味深いお話ですので、きっとお楽しみいただけると思います。
※2024年の日本のユニコーン企業の数は、為替などで変動があるが約10社。
(全4回の最終回。Part3の続きから)
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投資の質を下げる可能性のある政府支援
ティム: 日本政府や地方自治体などが、海外のVC(ベンチャーキャピタル)を日本に誘致しようとしています。日本企業への投資だけでなく、個人の投資家が日本でファンドを立ち上げ、その専門知識を持ち込むことをも視野に入れています。実際にそのプロセスを経験したあなたから見て、これから挑戦しようとする人たちは、どれほどの苦労を覚悟すべきでしょうか?また、日本でファンドを設立しようとする場合、具体的にどのようなことが予想されるのでしょうか?
ライニー: 正直なところ、政府がこうした取り組みを推進しているのは全く不合理だと感じています。その理由は、良い企業が存在すれば、自然とグローバルな投資家が資金を提供するからです。例えば、SmartHRはSequoia Heritageから資金を受けていますし、私たちの投資先には、Greenoaks CapitalやLight Street Capitalなどから資金提供を受けたスタートアップも含まれています。つまり、良い企業があれば、投資家は自ら資金を持ってやって来るのです。
一方で、政府が行っているような「日本のVCに資金を提供し、その代わりに日本への投資を義務付ける」といった取り組みには問題があります。このような条件が付くことによって、自由度や成果を重視する優秀なVCは関心を示さず、逆に、成果よりも資金を優先する投資家が集まりやすくなります。Sequoia Heritageのようなトップレベルの投資家は、そうした条件付きの資金を受け取ることはありません。
さらに、どれほど成功しているグローバルな投資家であっても、日本市場の初期段階にある企業を支援するために必要なローカルなコネクションや深い知識が、十分に備わっていないことがあります。これは私個人の意見のように聞こえるかもしれませんが、事実です。日本の企業を支援するには、ローカルな理解が欠かせませんが、現状ではそれが十分ではないのです。
日本は資金調達に適した市場だが、国内投資は進まない
ティム: 確かにそういう部分もあるかもしれませんが、それはどこでも見られる現象です。米国のVCはロンドンにオフィスを構え、ヨーロッパ全体に進出して、世界中で活動しています。そして、日本はLP(有限責任組合員、ファンドへの出資者) を探すファンドにとって非常に人気のある場所のようです。そのため、日本は資金調達には適している場所ですが、国内への投資はあまり進んでいないのが現状です。
ライニー: その理由をお話しします。2020年から2021年にかけての、いわゆるZIRP時代(ゼロ金利政策の時代)は活況を呈し、多くの投資家がさまざまな地域への進出を試みました。もちろんコロナ禍の影響で一時的に停滞しましたが、その後すぐに動きが加速しました。特に、最初に価格が急上昇したのは、英語圏や現地の言語を話さなくても競争できる市場でした。例えば、英国やヨーロッパの一部、さらには東南アジアです。
一方で、日本市場に参入するには日本語を話す必要があり、少なくともその言語の壁を乗り越えようとする努力が求められます。実際、クロスオーバーファンド(未上場企業と上場企業の両方に投資するファンド)のような投資家から日本の案件について問い合わせを受けることはありましたが、市場を深く理解し、素早くチャンスをつかむのは難しかったようです。日本市場には「ブラックボックス的な要素」があり、それが参入のハードルを高くしているのだと思います。
ローカルエコシステムの強化がグローバル資本を引き寄せる
ティム: では、仮にエコシステムが成長し政府の目標通りに進んで、5年でスタートアップの市場規模が10倍になったとしても、日本のVC業界は引き続き国内主導のままなのでしょうか?
ライニー: まず明確にしておきたいのは、私はもっと多くの海外VCが日本企業に投資することを望んでいます。そして、政府が掲げる「市場規模をここから10倍にする」という目標を達成するには、海外からの投資が欠かせません。それは明らかです。しかし、私が言いたいのは、資金が集まるだけでは根本的な問題は解決しないということです。重要なのは、投資先となる優れたスタートアップが必要だという点です。
ティム: そうですね。確かに、スタートアップの数や質に関する問題もありますね。
ライニー: その通りです。まず最優先でその問題を解決しなければなりません。そして、優れたスタートアップを初期段階で十分な規模に成長させるには、グローバルな資本に頼らず、ローカル(日本市場)のエコシステムを自立させることが必要です。ローカルなエコシステムが自立すれば、グローバルな資本は自然に集まってきます。魅力的な投資機会があれば、資金は一気に流れ込むことでしょう。
海外VCが抱く日本市場についての誤解
ティム: なるほど。日本市場への投資を検討している海外VCは、日本の市場についてどのような誤解を持っていることが多いと思いますか?
ライニー: 最近の日本のファンドでは、資本の30%を海外から調達しています。そこで、外国の機関投資家(大規模な資金を運用する投資の専門機関)が日本のVCについて英語で情報を得たいとき、私がその窓口として紹介されることが多く、このテーマについては何度も話してきました。
最初に必ず確認するのは、「日本のIPO(新規株式公開) の仕組みを理解していますか?」という点ですが、ほとんどの場合、答えは「いいえ」です。良くも悪くも、近年のスタートアップエコシステムの指標として、ユニコーン企業の数が重視されてきました。例えば、「英国にはX社、ヨーロッパにはY社、中国にはZ社ある」といった具合です。しかし、実際にはこれらのユニコーンの多くがペーパーコイン(実態の伴わない企業価値)であることが明らかになりつつあります。そのため、最近は現実を見直す動きも出ています。
「隠れユニコーン」とは?ユニコーンの定義と日本市場の実態のズレ
日本市場が他の市場と大きく異なる点は、IPOが比較的容易であることです。シリーズB(企業が一定の成長を遂げた後に資金を集める段階)やシリーズC(さらに大きな成長を目指して資金を集める段階)といった、比較的早い段階で上場が可能なため、歴史的にも多くの企業がそのタイミングでIPOしています。その利点は、VCや初期投資家(エンジェル投資家など、企業が設立された初期段階で投資を行う投資家)が比較的早い段階で資金を回収できるところです。ただし、早期に上場した企業が、IPO後数年以内に10億ドルを超える企業価値に達するケースも少なくありません。
ティム: 以前、この件について素晴らしい記事を書かれていましたよね。確かに、実際の価値や経済的価値の創出という観点では、日本市場と他の市場を比較する意味はありますね。
ライニー: その通りです。実際の企業価値の創出こそが重要です。今や株式が自由に売買できる上場企業となった、これらの企業は、なぜユニコーンとしてカウントされないのでしょうか?ユニコーンの定義は、厳密には評価額が10億ドルを超える非公開企業です。しかし、日本では多くの企業が早期に上場し、その後10億ドルの評価額を超えています。これは根本的な問題であり、ずっと日本が誤解されている原因だと感じていました。
ユニコーン企業の数で日本はあまり良い評価を得ていませんが、2011年から2021年にかけて、設立から12年以内に上場し、その後企業価値が10億ドルを超えた企業を分析しました。このような企業を私たちは「隠れユニコーン」と呼んでいます。その結果、実際には40社以上がこの基準を満たしていることが分かりました。これは、厳密な定義に従った「未上場で評価額が10億ドルを超える企業、いわゆるユニコーン企業」はカウントしていません。つまり、実際には日本市場では予想以上に多くの企業が成長し、資金が動いている可能性があるということです。
IPO後に価値が生まれる、長期ファンドの重要性
ティム: 確かに、その視点は重要ですね。結局のところ、大事なのは「誰が価値を測るのか」という点だと思います。VCにとっては、自社のファンドが終了した後の12年間で企業価値がどう成長しようと、あまり関心はないでしょう。一方で、経済産業省のような組織にとっては、むしろ長期的な価値創出こそが重要な指標になります。実際、この考え方は米国でも比較的新しいものかもしれません。AmazonやGoogle、特にAppleのケースを見ると、企業の価値が本格的に生まれたのはIPOの後だったことがよくわかりますよね。
ライニー: その通りです。実際、大きな価値の創出はIPOの後に起こっています。ここが重要な違いです。その地域の市場をざっくり見て、深く分析せずにどこに投資するかを考えても、ユニコーン企業の数だけを基準にしていては全体像はつかめません。特に日本では、「隠れユニコーン」も考慮しないと、本当の市場の姿は見えてこないのです。
ティム: だから、もちろん長期のファンドが必要になるのですね、例えば14年ほどの。
ライニー: その通りです。ちなみに言うと、米国のVCも最終的には15年規模のファンドになることが多いです。たとえファンド期間が10年と設定されていても、延長が繰り返されるのが一般的です。そして、そのファンドにAirbnbやStripeのような成功した企業が含まれていれば、運営側にもファンド期間延長などに柔軟に対応する余裕が生まれるのです。
日本市場はシリコンバレーの2000年代と似ている?
ティム: さて、少し話題は変わりますが、今、世界市場では、より多くの資金が調達され、規模の大きなファンドが登場しています。その中で、資金を活用するためには、後期段階の企業に投資する必要があるのは確かです。今後、変化はあると思いますか?日本市場において、その動向はどのように変化するでしょうか?
ライニー: 変わりつつあります。もうすでに変化は始まっています。現在、日本の市場は、シリコンバレーが2000年代初頭にあったような状況に似ていると思います。
ティム: できれば2000年代初頭よりは後がいいですね。当時はかなり厳しい状況でしたから。
ライニー: そうですね、2005年以降くらいかもしれません。
ティム: それなら良いですね。
ライニー: 私が言いたいのは、資金調達ラウンドのラベル(資金調達の段階名)が大きく変わっているということです。米国では、当時のシリーズA(成長初期段階) が今ではシードラウンド(アイデア段階または初期開発段階)に相当するような金額規模になっていますよね。例えば、300万ドルから500万ドルの資金調達が当時はシリーズAだったかもしれません。それと似たようなことが日本でも起きていて、シリーズAは300万ドルから1000万ドル程度の範囲になることがあります。もちろん、例外もありますが、一般的にはそのくらいの金額です。そしてシードラウンドは、約50万ドルから300万ドルくらいでしょうか。
Coral Capitalの未来:日本トップの投資会社を目指して
ティム: では、最後にお聞きします。10年後、日本のスタートアップエコシステムはどのようになっていると思いますか?そして、Coral Capitalは10年後、どのような姿になっているとお考えですか?
ライニー: Coral Capitalが目指しているのは、日本でトップの投資会社になることです。そして、その目標に向かって着実に進んでいると感じています。私たちは東京を拠点に、投資利益の大半を生み出す、Power Law(パワーロー)型の企業、つまり一握りの大きな成功を収める企業への投資を行っています。これを「次のトヨタ」や「次のソニー」を見つけること、と表現することもあります。同時に、グローバルな視点も持ち続けていますが、常に「日本」を軸にした投資を大切にしていくつもりです。
日本国外の企業にも関心があり、将来的に日本市場に進出する可能性がある企業への投資も検討しています。例えば、日本のカテゴリリーダー(海外で成功したビジネスモデルを日本で展開し市場をリードする企業)を見極める際、その市場が最終的にグローバル企業に支配される可能性が高いと判断した場合は、先にそのグローバル企業に投資し、日本市場への展開を支援するという選択肢もあります。
まだ試行段階ではありますが、今後どのように展開していくのか楽しみです。例えば、日本独自のOpenAIが誕生するのか、それともOpenAIそのものが日本に進出するのか。どちらの可能性も考えられます。いずれにしても、私たちは「日本に特化した投資会社として第一人者になる」ことを目指しています。そのために、強力なチームを構築しているところです。なお、現在新しいメンバーを募集しています。興味のある方は、ぜひウェブサイトからご応募ください。お待ちしています。
ティム: いいですね。では、次回また、あまり間を空けずにお話ししましょう。
ライニー: ありがとうございました。また話せるのを楽しみにしています。
アウトロ
さて、ここで一旦お別れです。
ライニーさんが指摘する、ユニコーン企業の数え方の問題は、とても重要な視点です。私自身も過去のエピソードでこの話題を取り上げたことがあります。実際、米国のスタートアップは上場せずに長く非公開のままで活動し、かつては株式市場を通じなければ調達できなかった規模の資金を集められるようになっています。
そのため、このような環境では上場するメリットが小さくなり、ユニコーン企業の数が増えるのは自然な流れといえるでしょう。
実際、WeWorkが470億ドルの「スーパーユニコーン(評価額100億ドル以上)」から転落したのも、IPOを決断したことで、これまでのVC資金調達では避けられていた厳しい財務監査を受けることになったためです。考えてみると、IPO申請が原因で倒産したスタートアップはWeWorkが唯一の例かもしれません。
スタートアップの本質的な価値は、イノベーションを生み出し、それが長期的な企業価値や質の高い雇用につながる点にあります。そのため、ユニコーン企業の数だけでスタートアップの価値を測るのは適切ではない可能性があります。
では、長期的な視点で企業の成長を支援するVCが、日本の競争力を高めるでしょうか。
その可能性はあります。
日本では、長期的な視点を重視する文化とCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル) の影響により、VCの在り方が欧米とは異なる方向へ進んでいます。さらに、ディープテック(AIなど高度な科学技術を活用した分野) 製造業やロボティクス(ロボット工学) の分野では、世界的に見ても優れた技術革新が生まれています。これらは日本ならではの強みであり、無理な成長を促したり、企業が成長する前に売却を急いだり、早期の利益を追求したりするよりも、大きな価値を生み出す可能性を秘めています。日本は、長期的な価値創造に重点を置きながら、さらなる成長を遂げることができるかもしれません。
これからの展開を見守っていきましょう。
いずれにしても、ライニーさんが指摘した「今の東京にはかつてのシリコンバレーに似た雰囲気がある」という意見には、私も強く共感します。本物のイノベーションが生まれ、実際に価値が創出されています。小さな予算と大きな夢を持ち、課題解決に挑む情熱的な起業家たちが、その原動力となっているのです。
[このコンテンツは、東京を拠点とするスタートアップポッドキャストDisrupting Japanとのパートナーシップにより提供されています。 ポッドキャストはDisrupting Japanのウェブサイトをご覧ください]
翻訳:藤川華子
編集:一色崇典
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