日本のブルーゾーン「やんばる」の暮らしや伝統を世界に紹介

沖縄のスタートアップ、長寿地域を観光の力で後押し

4月 25, 2025
by Suvendrini Kakuchi
日本のブルーゾーン「やんばる」の暮らしや伝統を世界に紹介
この記事をシェアする
JStories ー 昨年、日本を訪れた外国人旅行者は約3,687万人にのぼり、インバウンド観光客の数は過去最多を記録した。規模の拡大やリピーターの増加とともに、大都市や有名な名所旧跡とは違う地方のユニークな魅力にも訪日客の関心が集まりつつある。
訪れた地域の独特の文化や暮らしに触れ、人々と出会い、その体験や感動を特別な思い出として残したい。そんな訪問客の思いをかなえようと様々なツアーを企画している観光スタートアップのひとつが、沖縄県国頭村(くにがみそん)に拠点を置く旅行会社「Endemic Garden(エンデミックガーデン) H」だ。
同社は、ガイド付きツアーやワークショップを通して、沖縄本島北部に広がる森林地帯「やんばる」地域の小さな集落に息づく文化体験を旅行者に提供している。自然ツアーや農業体験ツアーでは、やんばるで栽培された新鮮で美味しい野菜を味わう。さらに、町に移動して本格的な沖縄料理を楽しむこともできる。
「やんばる」地域は沖縄県・本島の北部に位置している。  画像制作:JStories
「やんばる」地域は沖縄県・本島の北部に位置している。  画像制作:JStories
やんばる地域は豊かな食文化だけではなく、多様な生物の宝庫でもある。キツツキの仲間である「ノグチゲラ」や飛べない鳥「ヤンバルクイナ」など、やんばるには希少な鳥が生息する。2021年に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)によって世界自然遺産に登録されたが、その一部には「やんばる3村」である国頭村、東村(ひがしそん)、大宜味村(おおぎみそん)が含まれている。
多彩な生態系を育み続ける「やんばる」の森 提供:©沖縄観光コンベンションビューロー
多彩な生態系を育み続ける「やんばる」の森 提供:©沖縄観光コンベンションビューロー
やんばる地域だけに生息するキツツキ「ノグチゲラ」 提供:©沖縄観光コンベンションビューロー
やんばる地域だけに生息するキツツキ「ノグチゲラ」 提供:©沖縄観光コンベンションビューロー
やんばる地域のみに生息する「ヤンバルクイナ」 提供:©沖縄観光コンベンションビューロー
やんばる地域のみに生息する「ヤンバルクイナ」 提供:©沖縄観光コンベンションビューロー
このツアーが海外で注目されている背景には、沖縄県が世界で5か所しかないとされる長寿地域「ブルーゾーン」のひとつとして知られていることがある。ブルーゾーンは100歳以上の住民の割合が多い地域を指す。2000年に発表された長寿研究に関する論文でイタリアのサルデーニャ島を指して作られた言葉だが、「ナショナル・ジオグラフィック」誌ライターのダン・ビュイトナー氏が、その著書の中で日本の沖縄を含む4つの地域もブルーゾーンだとして紹介し、近年、Netflixのドキュメンタリーでも取り上げられた。
ブルーゾーンに住む人々の暮らしは、季節の野菜や果物などの植物性食品を中心とした伝統的な食事、アクティブなライフスタイル、地域の人々の社会的つながりの強さが特徴とされている。やんばる地域でも同様に、住民たちは先祖の祭りを祝い、代々受け継がれた食文化を守る意識が強く、それが健康・長寿に大きく貢献しているとされている。
厚生労働省が発表しているデータによると、2024年9月の時点で沖縄県に住む100歳以上の高齢者は1,184人にのぼっており、中でもやんばる3村のひとつである大宜味村は「長寿の里」として知られている。
大宜味村のウェブサイトによると、同村住民の食生活は彼らの長寿に大きな影響を与えている。肉類の摂取量は秋田の農村に比べて3倍以上多く、特に栄養豊富で免疫力を高めるといわれる豚肉は沖縄料理に欠かすことのできない重要な食材だ。野菜や豆腐、果物なども豊富に食されている一方で、塩分摂取量の少ない健康的な食習慣が根付いているという。
同社の代表取締役である仲本いつ美さんは、海外からの観光客にこうした地域の独自の文化やライフスタイルを体験できる特別な機会を提供し、それを通じて日本の伝統を愛し、その思い出と気付きを持ち帰ってもらうことを願っている、と話す。
Endemic Garden Hの代表取締役である仲本いつ美さん JStories(Suvendrini Kakuchi)撮影(以下同様)
Endemic Garden Hの代表取締役である仲本いつ美さん JStories(Suvendrini Kakuchi)撮影(以下同様)
仲本さんは、大学を卒業後に出身地である国頭村の村役場に入庁し、職員として9年間勤務した後、2019年に同社を立ち上げた。
しかし、事業はスタート早々に新型コロナウイルスのパンデミックによる大きな打撃を受けた。内外の旅行需要が大幅に減少するという困難に直面する中、仲本さんは「コミュニティを守る」というミッションへの信念と強い目的意識を支えに事業を続けてきた。そうした気持ちに揺らぎはなかったという。
仲本さんには絶滅の危機に直面しているコミュニティのライフスタイルを守りたいという夢があった。沖縄の他の地域が急速に近代化する中で、若い世代はやんばるを取り残されている地域と感じ、未来を見出せなかった、と仲本さんは語る。
やんばる地域にある民家の壁に腰掛けている仲本さん
やんばる地域にある民家の壁に腰掛けている仲本さん
やんばる地域では、若い世代の流出だけでなく、自然環境に影響を与えるような大規模な観光客向けリゾート開発が続くなどの大きな課題がある。さらに、地域には便利な公共交通機関が不足しており、タクシーやバスの便も少ないため、旅行者はレンタカーを借りる必要があるなど、観光アクセスもまだ十分ではない。
そうした問題にもかかわらず、同社は、やんばるの3つの村を中心としたツアーで堅実に事業を展開している。昨年、同社は合計130人の訪問客を迎え、そのうち3分の1は外国人旅行者だった。これらの外国人旅行者は、伝統的な織物や料理、神歌や舞踊を通じて地域の祭りに参加するなど、地元の活動を楽しんだという。
2022年には、「南溟森室(なんめいしんしつ)」というプロジェクトを立ち上げ、地域内に放置されていた古民家を修復し、観光客向けの宿泊施設として利用する試みがスタートした。地域政府の補助金を受けて、6軒の家屋が改装され、邪悪な霊を追い払うとされる沖縄の伝統的な獅子像で守られた入り口や木炭を使った暖炉を持つ、温かみのあるコテージでの宿泊が可能となった。
これらの村の隠れたライフスタイルを乱すことがないよう細心の注意を払ってツアーを設計していると、同社の伝統的な宿泊施設の復元プロジェクトを担当する金城元気さんは話す。大手旅行会社とは異なり、訪問者数や参加者数を厳格に制限している、という。
やんばるホテル 南溟森室(なんめいしんしつ)入口の看板
やんばるホテル 南溟森室(なんめいしんしつ)入口の看板
とはいえ、事業の収益性もおろそかにはできない。金城さんは、成功には収益の拡大が不可欠であり、それが地域の活性化と持続可能性を促進することだと考えている、と付け加える。
現在、同社には7人の常勤スタッフが勤務しているほか、日本全国から15人のインターンが参加、地域に根ざした観光ビジネスを学んでおり、ガイドとして旅行者と共にツアーに参加する。
「南溟森室(なんめいしんしつ)」プロジェクトで修復中の古民家
「南溟森室(なんめいしんしつ)」プロジェクトで修復中の古民家
今年4月からは、新たに沖縄の深い精神的伝統に焦点を当てたツアーも導入する。このツアーは、かつて琉球王国の一部であった沖縄の島々の独自の言語とアニミズム的な宗教の姿を知ることが目的。訪問客は年間を通じて行われる儀式を見学し、祭祀に参加する人々との交流や文化の保存活動を体験することができるという。
翻訳:藤川華子
編集:北松克朗
トップ写真:JStories (Suvendrini Kakuchi)
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

***

本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。
コメント
この記事にコメントはありません。
投稿する

この記事をシェアする
人気記事