JStoriesでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを英語でインタビューする人気ポッドキャスト番組 [Disrupting JAPAN]とのコンテンツ提携の下、同番組が配信している興味深いエピソードを日本語で紹介しています。以下にご紹介するのは、CIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)の創業者兼CEOであり、スタートアップエコシステムの牽引役として活躍しているティム・ロウさんとのインタビューで、6回に分けて記事をお届けします。
*このインタビューは2025年4月に配信されました。
本編(英語版ポッドキャスト)は、こちらで聴取可能です。


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2025年2月に行われた、起業家やイノベーターが集う国際的ネットワーク「Venture Café Tokyo」のイベントで、米ケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)の創業者兼CEOであるティム・ロウさんと対談する機会がありました。今回は、その対談内容をそのままお届けします。
ロウさんをこの番組に初めてお迎えしたのは2017年のことで、当時はまだCICが日本に進出する前でした。その際、私たちは日本におけるスタートアップイノベーションの未来について語り合いました。
今回の対談では、あのときの予測はどれくらい当たっていたのか、予想外だったことは何か、そしてこれから日本のスタートアップがどこへ向かっていくのかについてお話ししています。
とても興味深い内容になっていますので、ぜひお楽しみください。
※CICは、米マサチューセッツ州ケンブリッジ発のグローバルなスタートアップ支援組織で、2018年に日本法人(CIC Japan)が設立された。2020年には、主にスタートアップ向けのワークスペースやコミュニティ、各種サービスを提供するCIC Tokyoが東京都港区虎ノ門に開設。また、Venture Café TokyoはCIC Japanの姉妹団体として運営されている。
(全6回シリーズの5回目。第4回目の配信・Part4 はこちらでご覧になれます。)
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開発を後押しする「顧客」としての力

(前回の振り返り)
ティム・ロウ(以下、ロウ):もし政府が「顧客」としての力を活かせば、スタートアップエコシステムの成長を一気に加速させることができるのです。
ティム・ロメロ(インタビューアー、以下ロメロ):あなたは、従来のスタートアップのアプローチと逆の視点を示していますね。つまり、まず解決すべき課題を見つけ、その課題に対してニーズがある顧客を集め、クリエイティブな人々に「ここに解決すべき課題があり、ビジネスチャンスがある」と知らせるという方法です。
(ここから本編)
ロウ:そうですね。そして、その「顧客」の力は、多面的な力でもあります。政府は単に製品の顧客になれるだけではありません。資金援助などを通じて、技術販売における障害を取り除く手助けをすることもできるのです。
たとえば、デュアルユース(軍事と民間の両方で使用可能な技術)の中でも、特に軍事技術の民間転用が技術革新を加速させた事例がいくつかあります。軍(政府)がある技術を必要とし、その開発に何十億ドルも投資することによって、顧客がいなかった企業が初期の課題を乗り越えて製品化に至り、最終的には広範な市場に製品を供給できるようになったのです。もちろん、このような「顧客」の力は防衛分野に限らず、他の分野でも活用することができます。
ロメロ:なるほど、それはとても興味深いですね。
「イノベーションは公益だ」
ロメロ:ところで、日本のCICやVenture Caféは、様々な地域と関わりを持ち、時には地方の小規模なエリアとも関わっていますよね?なぜそうした地方のエコシステムが重要なのでしょうか?また、東京以外の特に印象的なエコシステムや、これから成長しそうな地域はどこだと思いますか?
ロウ:それは比較的簡単な質問ですね。まず、なぜ地方のエコシステムが重要かと言うと、世界中どこでもイノベーションに貢献できる可能性があるからです。イノベーションとは問題を解決する新しいアイデアのことです。もしその問題が重要で、解決しなければ人々の生活が妨げられたり害を受けたりするなら、たとえば親の病気に対する治療法が見つからなければ、その親は苦しみ続けることになります。つまり、イノベーションは、世界中の誰にとっても利益をもたらす公益のようなものだと思います。
もちろん、中には良くないイノベーションもあるかもしれませんが、ここ100年余りで、高齢ではなく病気で死亡するかもしれない可能性がおよそ100分の1ぐらいに低下した、という統計もあります。世の中は良くなっているのです。ニュースを見ていると悪い話が多く感じますが、実際にはみんなの暮らしは大きく向上しています。そして、その変化をもたらしているのがイノベーションだと思います。だから、イノベーションは公益だと言えるのです。
地方都市がイノベーション拠点になる方法かもしれない可能性
ロウ:どの都市でも「イノベーションを進めたい、貢献したい」と言えば、私たちは協力します。地方での経験を生かして、何ができるかを一緒に考えましょうと。たとえば、札幌や福岡は何ができるか?とよく聞かれますが、いつも必ず答えが見つかります。
シンプルに言うと、東京やロンドン、ニューヨークのような大都市では、どんな種類のイノベーションでも実現可能です。美しいイノベーションセンターを作り、さまざまな業界の多くの人々が集まります。しかし、小さな都市や地方では、得意分野を絞らなければなりません。東京やロンドン、ニューヨークよりも秀でた分野を見つける必要があるのです。
英国のマンチェスターはその良い例です。マンチェスターは英国で最大の都市ではありませんが、「グラフェン」の技術に特化した素晴らしいイノベーションセンターがあります。グラフェンは、炭素原子が六角形の蜂の巣のような形に結合したシート状の物質で、超伝導性を持ち、非常に滑りやすい性質を持っています。ボートの船底に塗ると、水の抵抗が減って、速く進むことができます。グラフェンには多くの用途がありますが、扱うのが難しく、作るのも移動させるのも適用するのも容易ではありません。

ロウ:しかし、マンチェスターには、世界最高のグラフェン技術センターがあり、世界中のグラフェン関連のスタートアップが何らかの形で関わっています。マンチェスターは事実上、グラフェンの首都と言えるでしょう。
どの地域でも同じことができると思います。まだ誰も注目していない分野を見つけ、その分野で世界一の拠点を作り上げれば良いのです。
ロメロ:それはまさに、以前話していた「戦略的に問題を特定し、顧客を巻き込み、特定分野の拠点になる」というアドバイスとぴったり合っていますね。思い返せば、CICを立ち上げた時も、イノベーションには権力から一定の距離が必要だと感じていました。あなたがニューヨークやサンフランシスコ、シカゴではなく、ボストンで設立したのはそのためだと思います。それに、実際、今ではイノベーションの中心地となったサンフランシスコも、60〜70年代初期には二流都市の郊外のような存在だったんですよね……。
ロウ:それは皆に希望を与える話です。つまり、どこにでもサンフランシスコのような街は作れるということです。
(第6回に続く)
第6回では、日本のスタートアップエコシステムの課題、特にグローバルでの成功に向けて必要な取り組みについて、お話しします。
[このコンテンツは、東京を拠点とするスタートアップポッドキャストDisrupting Japanとのパートナーシップにより提供されています。 ポッドキャストはDisrupting Japanのウェブサイトをご覧ください
]翻訳:藤川華子 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真:Envato 提供
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