トウキョウスナップショット Vol.5 ー 東京の銭湯: 温かいお湯に包まれる文化交流と多文化共生の場

多言語案内とキャッシュレスで外国人旅行者も迎える63店舗の銭湯、文化交流を広げる新たな取り組み

9月 20, 2025
by YANG LIU
トウキョウスナップショット Vol.5 ー 東京の銭湯: 温かいお湯に包まれる文化交流と多文化共生の場
この記事をシェアする
(シリーズ)JStoriesでは、東京(東京圏)の今の姿を、多様なフォトグラファーの目で活写したフォトストーリーをシリーズでお届けします。日本に以前からあるものや、2025年の今にしか存在しないものまで、どこか日本らしいユニークさや、イノベーティブなアイデアが感じられるものを、様々なバックグラウンドを持つJStoriesスタッフが街中を歩きながら見つけて撮影しました。こうした日常の姿の中にこそ、世界の問題解決につながる日本発のイノベーションのアイデアが生まれているのかもしれません。
劉洋 (Liu Yang): 上海外国語大学から東京に交換留学中、心理学とコミュニケーションを学んでいる。オックスフォード大学で経済学も学んだ。スピーチや司会、メディア経験があり、ラテンダンス、映画、香水、新しい文化探求に情熱を注ぐ
劉洋 (Liu Yang): 上海外国語大学から東京に交換留学中、心理学とコミュニケーションを学んでいる。オックスフォード大学で経済学も学んだ。スピーチや司会、メディア経験があり、ラテンダンス、映画、香水、新しい文化探求に情熱を注ぐ

***

JStories ー 東京の銭湯は、単なる入浴施設の枠を超え、人々が集い、疲れを癒し、交流を育む場として長い歴史を刻んできた。
しかしながら、少子高齢化や人々の生活様式の多様化に伴い、その存在は次第に縮小を余儀なくされている。20世紀半ばには東京都内に2600軒以上あった銭湯も、2024年末時点では約430軒と、最盛期の6分の1以下に減少した。利用者数もかつての水準には遠く及ばず、令和2年(2020年)までは年間約2300万人が利用,していたが、新型コロナの影響で2000万人規模に減少し、その後も回復には至っていない。自家風呂の普及や施設老朽化、経営者の高齢化も重なり、存続の危機に直面している。
近年、都内の銭湯は、地元に根ざした営みを大切にしつつ、若者に人気のサウナを増設するなど、新たな客を取り込む努力を続けている。しかし、少子化による若者人口の増加が見込めない中で、今後も安定的な集客を確保するためには、増加を続ける外国人居住者や、観光客へのアプローチも必要だという考えが広がってきている。
一方で、訪日外国人旅行者から見ると、銭湯は必ずしも身近な存在ではない。今年6月に行われた民間会社の調査によると、訪日外国人の15.3%が裸体への抵抗感や複雑な入浴マナーを理由に「公共浴場そのものが苦手」と回答している。また言語の問題も大きく、観光庁の2024年度調査では、15.2%が「スタッフと英語で意思疎通できず困った」と答える等、言語サポートの重要性が浮き彫りになっている。
このような状況を背景に、東京都と東京都公衆浴場業生活衛生同業組合は、昨年度(2024年10月10日~2025年2月28日)に続き、2025年9月1日より、外国人旅行者に銭湯文化を広める公式プロジェクト「WELCOME!SENTOキャンペーン」を開始した。キャンペーンでは銭湯に不慣れな外国人観光客が気軽に利用できるように、英語、中国語、韓国語など多言語での案内をつけたり、携帯などのキャッシュレス決済を可能にするなど「インバウンド対応」した都内63の銭湯を紹介。キャンペーン中、認定された施設は、多言語のウェブサイトで紹介される他、入り口に「WELCOME!SENTO」と英語で記載された特別な“のれんを設置し、外国人利用者に対して、入場料の割引や、オリジナルの手拭いをプレゼントするなどの様々な特典を提供する。またこれに合わせ、東京都では、利用者の不安を軽減するために、日本特有の入浴マナーを分かりやすく紹介する動画や、パンフレットを作成。かつて閉ざされていた扉が、ゆっくりと、しかし確実に開かれ始めている。
WELCOME!SENTO 公式サイトで、外国人向けに入浴方法を多言語で解説       写真提供:© Welcome! SENTO Campaign(以下同様)
WELCOME!SENTO 公式サイトで、外国人向けに入浴方法を多言語で解説       写真提供:© Welcome! SENTO Campaign(以下同様)
キャンペーン公式サイト:支払い方法一覧
キャンペーン公式サイト:支払い方法一覧
筆者は8月28日にこうした「インバウンド対応銭湯」の一つである上野の寿湯(Kotobuki-yu)で行われた、メディア向けのWELCOME!SENTOキャンペーン見学会に参加した。当日、配布された資料には、昨年のキャンペーンで初めて銭湯を体験した多くの外国人の感想が掲載されていた。どれも心に響く言葉だったが、特にカナダからの旅行者による「銭湯は体の痛みを和らげるだけでなく、友人との絆も深めてくれた」という感想が強く印象に残った。
この言葉を通じて、銭湯は疲れを癒す場にとどまらず、人と人とが自然に通じ合える文化の扉であると、改めて感じさせられた。好奇心と期待を胸に、私は、館内を見学した。
パンフレットに掲載されている、外国人旅行者の銭湯体験に関する感想
パンフレットに掲載されている、外国人旅行者の銭湯体験に関する感想
外国人観光客向け「WELCOME!SENTO」オリジナル手ぬぐい        写真撮影:Liu Yang | JStories (以下同様)
外国人観光客向け「WELCOME!SENTO」オリジナル手ぬぐい        写真撮影:Liu Yang | JStories (以下同様)
上野駅周辺は常に人々の喧騒であふれている。しかし路地に入ると、寿湯は宮造り風の屋根と重厚な木造の正面を静かに構え、まるで古い神社のように佇む。後で知ったことであるが、この店は1952年に創業し、長沼家が1959年から経営を引き継ぎ、現在まで三代にわたり受け継がれているそうだ。
扉を開けると、温かく懐かしい空気が迎え入れてくれた。木造の柱梁やタイル張りの壁には歳月の痕跡が残る一方で、外観はレトロな雰囲気を残しつつも、内部は耐震工事をはじめとする最新の改修が施されているのだろう、館内は清潔で明るく整えられている。広々としたシャワー室、露天風呂、冷水槽が揃い、蒸気の温もりと水の涼しさが交錯する。
この光景は、私の故郷中国の公衆浴場を思い出させた。子どもの頃、母と通った浴場の、湯気に包まれた室内や、水の音、静かに交わされる会話の中での母の優しい笑顔――その温かい記憶は、今も心に深く刻まれている。中国の浴場は主に洗浴の場で、どこか賑やかで社交的な雰囲気があるのに対し、日本の銭湯は静かで落ち着いた空間が広がり、利用者同士の礼儀やプライバシーが大切にされている。温かい湯に浸かる体験や、木造やタイルの落ち着いた空間設計、壁に描かれた富士山、季節ごとの装飾や手ぬぐいなど、日本ならではの細やかな文化も心に残る。さらに、異なる温度の浴槽や、穏やかに流れる時間、控えめな会話の中での自然な交流が、日常の疲れを癒し、人と人がさりげなく通じ合える空間としての魅力を感じさせてくれる。故郷の懐かしさと、日本独特の落ち着きや礼節が重なり合い、その安心感は時と国境を越えて、今も私の心に息づいている。
銭湯の浴槽の壁に描かれた山水の風景
銭湯の浴槽の壁に描かれた山水の風景
中でも男性露天風呂は東京都内最大規模を誇り、女性露天風呂とともに夜空を仰ぎながら入浴できる開放感がある。伝統的な建築美と現代的な快適性の融合――「懐かしさと革新が調和する」こそが寿湯の魅力である。瞬間、数十年前の人々がここで挨拶を交わし、視線を交わしていた光景が目に浮かぶようであった。
透明で清らかな水質の露天風呂
透明で清らかな水質の露天風呂
浴場にいると、私は日本のTVドラマ『Doctor X』の一場面を思い出した。主人公・大門未知子は、手術成功のたびに師匠・神原晶とともに湯に浸かる。二人は日常の儀式を通じて手技や考えを共有し、信頼を築く。この交流は形式にとらわれず、蒸気に包まれた空間で自然に心の通い合いが生まれるのである。
見学会に参加していた東京都生活文化局、消費生活部生活安全課長の小坂勉氏は「銭湯で皆が顔を合わせ、気楽に話せることは非常に良いこと。地域の人々にとっても大切な社交場だ」と語った。
銭湯内部の浴槽と入浴エリアを見学する筆者
銭湯内部の浴槽と入浴エリアを見学する筆者
伝統の灯を守りながらも、文化や言葉の垣根をそっと取り払い、多様な想いが交差し合う場所。肩肘張らず、日常の片隅で人と人がふと出会い、優しく理解し合う、小さな交差点のような空間。そんな銭湯が街々に根を張るとき、日本の風景はもっと柔らかく、温かく、穏やかに色づくだろう。
小坂氏も「この流れを継続させ、国内外の方々に安全で快適な銭湯体験を提供したい」と話す。寿湯の暖簾をくぐり抜け、夜風が頬を撫でる。ふと、あのカナダ人旅行者の言葉が胸の奥で静かに響いた。「銭湯は友達との仲を深めてくれた。」湯気に包まれた空間は、ただの疲れを癒す場ではない。人と人との距離をそっと縮め、文化の壁を越えた優しい招待状でもあるのだ。
しかし、こうした温かな文化を未来に伝えていくには、経営面での課題も無視できない。光熱費や人件費の上昇に直面しつつ、入浴料が法律によって550円に固定されている現状では、銭湯の持続可能性を保つことは容易ではない。東京都公衆浴場対策協議会の議論でも、佐伯雅斗常務理事は「業績が苦しい中、結局は経営者ないしは関係者の人件費が圧迫されているのではないかというような推測をしているところでもあります」と懸念を示し、土田委員や中田委員が柔軟な料金設定や新規利用客の開拓、インバウンドの受け入れが、銭湯文化を守りながら経営を支える重要な手段であることを指摘している。
私は心から、「WELCOME!SENTO」のような取り組みが、より多くの訪日客を惹きつけるとともに、日本人にも銭湯の魅力や文化的価値を改めて感じてもらえることを願っている。持続可能な経営を前提に、銭湯が心身を癒す場所であり続けるだけでなく、生活文化として再び息を吹き返し、街に温かく柔らかな風景を添えることを期待したい。
記事:劉洋 (Liu Yang)
編集:一色崇典 
トップ写真: © Welcome! SENTO Campaign
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

***

本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。
コメント
この記事にコメントはありません。
投稿する

この記事をシェアする
人気記事