生まれ変わる日本のシルク 医療・食品・バイオの新素材に 

​​世界市場を見据え、衰退危機の養蚕業をDXで再生

10月 4, 2024
BY KEI MIZUNO
生まれ変わる日本のシルク 医療・食品・バイオの新素材に 
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J-STORIES ― 世界の人口増加や地球温暖化への危機感が高まる中、日本が昔から育んできた伝統繊維であるシルク(生糸)への需要が世界的に拡大しつつある。環境にやさしく身体への安全性も高い素材として、その価値が見直されているためだ。衣類だけでなく外科手術用の縫合糸など医療分野への利用が進むほか、さらに近年では次世代たんぱく質として食品や化粧品などの分野でも用途が広がっている。
「欧米では繊維の分野でもCO2を排出するような化合繊や石油由来の繊維をやめていこうという動きがあり、天然素材へと向かう流れがある。その一方で、ウールやコットンといった天然繊維は原材料となる羊や綿花の生産が大きく増加する見込みは薄く、世界の人口増加に天然繊維の供給がどこまで間に合うのかという課題がある」と、シルクを活用した新産業で世界に挑もうとしているユナイテッドシルク(愛媛県松山市)の河合崇社長は言う。
ユナイテッドシルクが飼育する蚕の幼虫       ユナイテッドシルク 提供(以下同様)
ユナイテッドシルクが飼育する蚕の幼虫       ユナイテッドシルク 提供(以下同様)
シルクの原料になる蚕の繭     Envato より
シルクの原料になる蚕の繭     Envato より
シルク需要の高まりは、これまで衰退産業として存続が危ぶまれてきた養蚕業に新しい命を吹き込みつつある。一方で、養蚕業は長い歴史の中で続いてきた職人技術への依存や非効率性などが成長の障害になってきた。同社が取り組んでいるのは、デジタルトランスフォーメーション(DX)を取り入れて、蚕の繭を大量生産・供給するシステムの推進だ。
「シルクはAI(人工知能)などの技術を駆使し機械化・工業化することによって、日本国内でも大量に生産できる可能性がある。世界のニーズに合う量を生産できれば、繊維や食料品の供給危機をシルクが救う可能性を秘めている」と、河合さんはシルクの持つポテンシャルを力説する。
ユナイテッドシルクが導入した蚕の飼育装置「MayuFacture®」。清潔な生育環境を維持管理できる。
ユナイテッドシルクが導入した蚕の飼育装置「MayuFacture®」。清潔な生育環境を維持管理できる。
養蚕業の生産性を高めるうえで、解決すべき課題は山積していた。たとえば、蚕は感染症に弱く、繭になる前に3割程度が感染症で死んでしまうと言われている。それを防ぐには、ふんなどで汚染される飼育容器のこまめな掃除が必要で、途中で死んだ蚕も早く取り除かなくてはならない。しかし、清掃のたびに作業員が入ると雑菌が侵入しやすくなり、感染症を引き起こす原因となっていた。
河合さんが取り入れた改革の一つは、農家がこれまで担っていた清掃や給餌などの作業の一部をロボット化することだった。同社では地元養蚕農家や空調機器メーカーに協力を求め、蚕の清潔な飼育環境を維持管理できる装置「MayuFacture」を導入。それに先立って、温度と湿度を最適な状態にコントロールし、卵のふ化を促す「恒温恒湿装置」も開発した。この二つを組み込んだ「スマート養蚕システム」によって、ふ化から蚕の飼育までの過程が自動化され、大量生産に弾みをつけた。
「今後、日本全国で毎年、数百の養蚕農家を生み出していくというのは不可能。でも、一つの企業が養蚕をプラント化すれば、1000人の生産者が作り出す量に匹敵する大量のシルクを供給できるようになる」と河合社長は指摘する。
世界におけるシルクのニーズが高まる中、日本国内では、2015年ごろから企業が養蚕に取り組む流れが広がってきた。同社では、2022年5月に「MayuFacture」と「シルク原料加工設備」を備えた工場を稼働した。
蚕の飼育から原料抽出までを行うことができるユナイテッドシルクの「シルクファクトリー」(愛媛県今治市) 
蚕の飼育から原料抽出までを行うことができるユナイテッドシルクの「シルクファクトリー」(愛媛県今治市) 
面積当たりでは伝統的な養蚕業の約12倍の蚕を飼育することが可能だ。世界ではベルトコンベアを導入するなど一部作業の効率化が行われている例はあるものの、一連の工程をDX化するには多くの知識や技術力を要するため、養蚕の工程全体をシステム化した例は国外ではないという。
ユナイテッドシルクが行っている、繭の生産から製品販売までの工程。      同社 HPより
ユナイテッドシルクが行っている、繭の生産から製品販売までの工程。      同社 HPより
DXの活用により工場及び装置の内部の衛生管理も徹底され、食など様々な分野との協業も可能になった。同社がいま力を入れているのが、繭から抽出されるフィブロインというたんぱく質を活用した医療・バイオ分野へのビジネス展開だ。
フィブロインには保温性や細胞再生力があると言われており、同社ではフィブロインを豊富に含むシルクパウダーを取り入れたシャンプーやトリートメント、ボディソープやボディクリームなどを発売している。
国産シルクを使ったヘアケア・ボディケア商品「シルモア」。
国産シルクを使ったヘアケア・ボディケア商品「シルモア」。
さらに今後拡大が期待されているのは食品への活用だ。シルクには食べものの食味を向上させる効果がある。例えば、パンにフィブロインを入れると水分の放出を防ぎ、しっとりとしたパンができる。
シルクをフードテック、ヘルステック分野で活用する動きは海外ではまだ十分に広がっていない。「繊維シルクの供給では中国・インドの量産体制にはなかなか敵わない。今後日本のプレゼンスを発揮するとなると、食品、化粧品、医薬品の部分ではないかと思っている」と河合社長は言う。
さらに、今後懸念されている世界的な食糧不足、たんぱく質不足への解決策の一つとして、海外のフードテックが盛んな地域への普及を目指し、展示会に参加するなど活動を続けているという。
海外展開の拡大を見据える同社が大切にしているのは「グローバルなスタートアップ」という価値観。ローカルでは、地方創生に貢献しつつも、世界で求められる品質や生産体制を維持し、トレーサビリティやアニマルウェルフェアにも配慮した「安全・安心」な日本産シルクを世界に届けることを使命の一つとしている。
その取り組みの一環として、製品に含まれる元素などの分析をすることで、原産地まで特定可能な技術を持つニュージーランドの企業と組み、「ジャパンシルク」というフィンガープリントの付加価値をつけ、トレーサビリティなどを重要視する世界の消費者にも訴求していく構えだ。
「シルクの力で新しい未来を実現する」と語るユナイテッドシルクの河合崇 社長。 
「シルクの力で新しい未来を実現する」と語るユナイテッドシルクの河合崇 社長。 
「これまで、コットンやカカオなどが原産地での児童労働や強制労働の問題が取りざたされてきたが、シルクについても環境に配慮された安心安全なものであるかという生産背景まで問われる流れとなるだろう。そうなっても胸を張って、環境的にも倫理的にも正しく作られたシルクを日本から世界へずっと届けていきたい。そして、世界に溢れる様々な問題解決の一つのソリューションとしても提案をしていきたい」と河合さんは話している。
今後は、現在食品や化粧品などに応用している技術を用いて、脱プラスチックの分野での活用も模索しているそうだ。フィブロインを使い、現在製品化している化粧品類のパッケージもシルク由来のサステナブルなものに置き換えていく構想を進めているという。
記事:水野佳 編集:北松克朗
トップ写真: ユナイテッドシルク 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。
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